さむい!w
特に外で立ち話した後の体の冷えっぷりが冬を感じさせます。福島は動いてればあったかいんですけどね。
周りでは風邪が流行っているようですがみなさんも気をつけてお過ごしください。
さて、先日から”口に入れるものは全て「薬」という観点”という持論を展開してる訳ですけど、最近の菜食ブームが肉食について過剰な批判をしているように思います。
何故「肉食がいけないのか」。動物がかわいそうだから? 家畜という考え方が嫌いだから? 体がうけつけないから??
理由は人それぞれの価値観があると思いますので、これも一つの考え方とわりきって読み進めてください。
そもそも肉食は日本人の食文化に無かった!みたいにいう人もいますが、旧石器時代にマンモスやナウマン象の肉をモリモリ食った先祖がいたからこそ、今こうして僕たちの生があるということはご承知のとおり。
一般的に言われている、明治以降にようやく西洋の影響でナントカ。。みたいなのは牛。
牛は労働力だったから食べるのはただ単にもったいなかっただけじゃないかと思います。牛食べる = 最先端でカッコいいから みたいな単純な流行w 江戸250年の習慣が数年でくつがえるというなんとも無常な現象です。
日本人が肉食を敬遠するようになったのは奈良時代の仏教伝来以降が顕著だと言われています。貴族は野菜中心。庶民は雑食ということだったようです。
でも政権の力がおよばない田舎の集落なんかでは、狩猟も日常で死活問題だったはずですから、それほど拘束力は無かったんじゃないかと思います。そもそも狩猟がないと暮らしていけない人々です。風土に根付いた食文化もあったことでしょう。
武士の時代になると肉食のタブーは緩くなって、野菜の栽培などにはヒトの下肥が使われはじめます。それぞれの地域の国力の増強です。「モリモリ食ってイクサじゃー!」てな具合です。
時代が江戸時代になり、平和になると、またもや肉食は野蛮でいかん!となり、明治時代に手のひらを返したように牛肉を"カッコよく"ほうばるまでは、菜食が流行となっていたようです。
結局、平和になると菜食、時代が荒れると肉食がそれぞれ支持されるという、なんとも人間のご都合主義的なところがおもしろいです。
以上のことから、日本人は肉食に疎遠だったのではなく、「肉食と菜食の流行の波に都合良く交互に乗っている」だけということが判ります。
たまたま最近菜食「ブーム」で、なんだか真新しい感じがしているだけで、結局は「肉の大量消費に対する期間限定のカウンターカルチャー」というだけじゃないか、と感じられる部分もあります。
よって「肉食」は決して「悪」ではないということです。
しかし僕たちが普段目にするお肉は、本当に今後何世代にもわたって食べていけるものでしょうか? エサは何を与えていているでしょうか? どのように飼育されているでしょうか?
肉食そのものが悪い訳ではなく、「変な肉」を食べることには問題があると感じます。遺伝子組み換えのエサを与えているとか。どうにかして無理矢理にブリブリ太らせてるとか。よく分からないけどとにかくいつも安い!などなどです。
それらを未来永劫、子々孫々にわたって、安全のうちに食することはおそらく不可能かと思います。人工的に無理をしたものを食べれば人の体にも何らかの無理が生じるはずだからです。
人が解明出来てない事象なんて世の中無数にありますから、今の技術を過信するのはどうかと思います。なんせヒトゲノムが完成しても人は生き返りませんから。
そして何より、僕たちは「ほ乳類の動物を屠殺して食している」ということをどれだけ認知して食べているでしょうか。
アマゾン、東南アジア、アフリカ、ケルトの原住民や、日本古代の人々もその昔は、動物の肉が手入れば「大自然の恵みをいただく」という感覚と同時に、たくさんの命を生み出すより大きな「自然」というものに畏敬の念があったと思います。
その理由の一つは動物の肉が希少な栄養食材であったから。
「鯨一頭で七浦潤う」という言葉が長崎のあたりでは言われているくらいですから腕っ節のいい漁師が食べ物のない極貧の村々を救ったこともあったはずです。
今では何も珍しくない大量生産されるお肉ですが、ちゃんとしてるお肉は昔から相変わらず高い「貴重な食材」です。
でも「肉」というのはそれでいいし、そうあるべきなのかもしれません。
先日、ベジタリアンでいつも食事に気をつけていて何故かガンになってしまったという人の話を聞きました。その人はいつも大豆を主に食べていたようでした。医者にも見放され、いろんな療法をためしても良くならないところに、ある人に「豚の背油を食べなさい」と言われ、泣く泣く食べたところその他の改善策も功を奏してすっかり良くなってしまった、ということでした。
その、「ある人」の豚の背油に対する認識は、何か東洋医学的と言うか漢方の処方に似た感じがしますが、「お肉をいただく」ということには必要な感性だと思います。
つまりは「今の体の状態にはこれしかないから特別に食べさせてもらう」みたいな感覚です。
昔は風邪の時にしか食べられなかったタマゴやバナナなんかもそういう雰囲気です。
口に入れるものは全て「薬」と書きましたが、ビタミンがとかミネラルがとか、そんな成分ことではなく、「何を食べると自分の体がにどうか」というような感覚を身につけることが、自ずと体に良い食事に繋がっていくのではないかと考えられる訳です。
だから、紋切り型に肉食を批判するだけではなく、なぜその動物の肉を食べなければならないのか。どうやって口もとまで届いたものなのか。そして、それに対してのありがたみを感じているのか、いないのか、などなど。。
現代社会でのお肉の社会的地位から離れ、想像力を駆使し妄想?wしてみることで、本来、肉を食べるとはどういうことなのかをちょっと考えてみれば、肩肘張ることなく普段の食生活を向上させ、より充実したものに出来るのではないかと思われるのです。